こゑだ OFFICIAL WEBSITE

こゑだ INTERVIEW


シンガー「こゑだ」が、いよいよその姿を明らかにする。

デビューミニアルバム『Nice to meet you.』では全曲で作詞作曲を手掛けている彼女。そこには「18歳の少女」としての等身大の彼女の姿が鮮やかに歌われている。

シンガー「こゑだ」としては初のインタビュー。音楽との出会いから今に至るまでを、語りおろしてもらった。



負けず嫌いな性格だった

――今までは声しか知らなかったので、作曲と作詞もされたこと、そこでリアルで鮮やかな音楽を作っているということに、まず驚きました。

ふふふ、ありがとうございます。

――なので、今回は音楽との出会いから遡って話を聞いていければと思います。最初に歌を歌おうと思ったのは子供の頃のこと?

いつから歌を歌おうと思ったかは記憶になくて。きっかけもなかったと思うんです。でも、もともと負けず嫌いで、一番になりたい性格だったんです。小学校5、6年生くらいの頃からカラオケに行き始めたんですけど、その頃から周りの方たちにすごく褒められるようになって。それが、すごく嬉しかったのは覚えてます。最初はプロになろうなんて思ってなかったんですけど、褒められるのが嬉しいからもっと褒められたいって思って。

――子供の頃から音楽はよく聴いていました?

音楽をそんなに聴くタイプじゃなかったです。CMで流れてるのとか、お母さんが車の中でかけてる曲とか、おばあちゃんの家に泊まりに行ってた時におばあちゃんが流してた演歌とか、そういうのを聴いて覚えて口ずさんでたり。あとは、カラオケで友達が歌ってたのを聴いてるうちに覚えていたり。

――でも、その頃からいろんな場所で歌っていた。

お母さんが自営業でお店をやってたんですけど、そこでお母さんの知り合いがピアノやギターなどを弾いて、それに合わせてお母さんと二人で身振り手振りを付けて歌ったり、時には私もタンバリンを叩きながらお母さんとデュエットしたりするのがすごく楽しかったんです。そこのお客さんに「すごいね」「上手だね」って言ってもらえるのも嬉しくて。でも、いつの日だったかお母さんとお客さんが「みんなが聞きたいのは娘さんの歌じゃなくてお母さんの歌なんだよ」みたいな話を電話でしてるのを聞いちゃって、それにすごいショックを受けたんですよ。「え!?」みたいな。そこから、私はお母さんよりももっとうまい事を証明してやるって思って。

――負けず嫌いな性格だから。

そう(笑)。そこから真剣に、みんなに歌を聴いてもらいたいって感情が芽生えてきたんだと思います。



小6の時にインターネットで歌い始めた

――こゑださんの歌が世の中に知られる最初のきっかけはニコ生だったと思うんです。

そうですね。

――これは、どういうきっかけで始めたんでしょう?

小学校5年生の頃に、私の家に初めてパソコンが来たんですね。2006年くらいかな。で、私は最初、パソコンのキーボードのタイプの音にすごく興味があって。で、カチカチやるようになって。そこから友達に「パソコンで面白いゲームのサイトがあるよ」って言われて、やるようになったんです。それで、そのゲームの中のチャットに熱中してたら、いつの間にかキーボードを速く打てるようになって。その頃にはもうskypeもあったんで、インターネットを通じて知らない人とお話をするようなことが増えて。その時、カラオケ会議みたいなものがあったんです。

――カラオケ会議?

順番を決めて、一人一人歌っていくんですよ。最初は機材も持ってなかったので、ヘッドセットマイクで、携帯で自分の持ってる音楽を流しながら自分も一緒に歌うみたいな。それが小6くらいですね。中学生になった頃に、skypeで知り合った人と「ニコニコ動画っていうのがあるんだよ」「初音ミクっていうのがあるんだよ。知ってる?」みたいな話になって。で、ニコニコ生放送を実際にやってる方がいて。それも、声にエコーをかけたり、パソコンのミキサーで曲と歌を一緒に流したりしていて。私もできるようになりたいって思って、中1の頃にお年玉を全部持ってオーディオインターフェースっていうのを島村楽器に買いに行ったんです。「パソコンで歌が歌いたいんです」「できれば一番高くて良いのください」みたいに(笑)。そこで、ヤマハのMW8CXっていうのを買って「よし、やってやろう」って思ったんですね。

――それでニコ生で歌い始めた。

でも、コミュニティも作ったまではよかったんですけど……音が出なくて。「え? 歌えないじゃん」みたいな感じになって。マイクと機材を繋ぐコードが家になかったんです。しかも、コードを繋がないとダメだってことに気付くまでに1年くらいかかった(笑)。かなり時間が経ってようやくわかって、歌えるようになって。そこで初めて生放送をやるようになったんです。

――supercellのオーディションに応募したのはどういうきっかけだったんですか?

これも、もともとニコニコで知り合った方が「こういうオーディションあるんだけど受けてみない?」っていう話を持ってきてくれたんです。で、他のオーディションを見ても「デモテープってどうやって作るの?」「どうやって送ればいいの?」って疑問があって踏み出せずにいたんですけど、supercellのオーディションを見たら、サイトに投稿してあるものでもいいって書いてあって。「あ、これなら私応募できる」って思って、ニコニコにアップしてた曲のURLを送って。自己PRにも「中学2年生です、歌が大好きです。よろしくお願いします」みたいに書いて応募したんです。でも、私、応募した時点でやりきった気になってて(笑)。そこからしばらく忘れてたんです。

――そういうところに合格の通知が来た。

そう。母にも何も言ってなくて。「え? 知らないアドレスからメールが来てる。第二次審査? なんだっけこれ」みたいな(笑)。でもお母さんに言ったら「行きたいんだったら行きなさい。でも絶対に受かるっていう自信がないんだったら辞めなさい」って言われたんですよ。最初は辞めようと思ったんだけど、友達に「行った方がいいと思うよ。だってこのチャンス逃したらもうないかもしれないじゃん」って言われて。そこで行くことを決心したんです。

――最初の一歩を踏み出したわけですね。

お母さんも応援してくれて、一緒に来てくれて。そこでいろんな方たちの前で歌ったときも、緊張も全然なかったし、すごく楽しかったんですね。褒めていただけたこともすごく嬉しかったし。自分の実力をそういう場所で発揮できたのがすごく幸せで。で、三次審査まで行って、お母さんも「あんたは合格する。大丈夫」って言ってくれて。でも自分は万が一落ちた時にショックを受けないように、落ちる、落ちる、と自分に言い聞かせていたから、合格をしてびっくり、みたいな感じです。



自分の本質的な魅力を出していきたい

――supercellというプロジェクトについてはどんな風に思っていましたか?

最初は全然知らなかったんです。私としては、歌が歌えればそれでいいみたいな感じだったんです。supercellの曲を知ったのも、オーディションを受けて合格した後からだったので。でもやっぱり、歌わせていただけるようになってからは、ここでよかったなっていうのはすごく思いました。

――そこからは、単に趣味とか楽しみだけで歌うだけじゃなく、プロとしての側面も出てきた。そこで変わったことってありますか?

それはすごくあると思います。デビューする前は、周りに全てを求めてて。褒めてほしいという思いがあって。自分は歌を歌えて、それを皆に聴いてもらえればなんでもいいっていう感じだったんです。でも、いろんな意見をもらえるようになって、自分がやりたいようにするだけじゃダメだなって思うようになった。聴いてくれる方を大切にもしたかったし、求めているものをちゃんと汲み取らないとダメだなっていうのは、デビューしてからすごく学びました。

――シンガーとしての自分を客観視するようにもなった?

最初は、可愛い曲も優しい曲も格好いい曲もやりたい、全部をオールマイティーにこなしたいっていう思いがすごく強かったんですけど、最近は、自分の本質的な魅力を出していきたいなって考えるようになりました。自分の魅力を強く活かせるのは格好いいもの、テクニックが出せるものがしっくりくるのかなって。自分と一緒に制作をしている方々の客観的な意見も聞いて「自分はこういうのが得意なんだな」って、意識して考えるようになりました。

――どういうきっかけでそう変わっていくようになったんですか?

音楽のお仕事をやり始めてからいろんな人の曲を聴くようになって。このアーティストはこういう道を辿ってきたっていうのを知って「あ、私はこういう道には行きたくないな」とか「こういう道もあるんだな」とか、そういうのを知ることができたっていうのが大きくて。あとは、ryoさんとか周りの方の意見も、すごく自分の考えを改めるきっかけになったと思います。最初は自己中心的な考え方だったけど、最近は自分のやりたい事もやりながらどうやったらリスナーの方たちと寄り添っていけるのかみたいなことを考えるようになりました。オールマイティーに歌いたいっていう意思は昔と変わってはいないんですけどね。



もう聴きたくないって思うくらい、自分の歌を嫌いになったこともあった

――supercellとしてのフルアルバムは2013年の11月なので、今から1年半くらい前。あのアルバムは、こゑださんとしてはどう振り返っていますか?

やっぱり自分で曲を作っていなかったので、編曲ができることのすごさとか、ryoさんの書く歌詞とかメロディのすごさを、改めて聴いた時に思ったりしました。あとは、アルバムが出るまでに、いろんなことを振り返って。後悔する面もあったし、その中でも気付けたこともあって。私はいろんな意見に左右されてしまうタイプなので、批判をされたりするとすごくショックを受けるし、考えこんじゃうんですよ。考えて、「ああ、こういう方向じゃないのかな、私」とか。「こういう曲を歌うのは嫌だな」とか思ったりしてた時もあって。自分の歌がすごく好きだったんですけど、supercellとして2枚目のシングルとか3枚目のシングルを出した時は、もう聴きたくないって思うくらい自分の歌を嫌いになったこともあって。

――そんな葛藤があったんですね。

自分の歌が嫌いだって思ってしまってる自分は嫌いだし、このままだったら私の未来はないなと思って。自分の歌を以前のように好きだって思えないと、もう終わりだって思ってたんですよ。でも、そこからまた沢山の場面でいろんな意見をいただいて。嬉しい意見もたくさんあったけど、でもやっぱり傷つくような意見も沢山あって。そうこうしてたら、自分の中で整理がついてきたんです。その頃は私のことを嫌だって思ってる人をどう振り向かせるかみたいなことを考えてたんですけど、でもそれを考えても仕方ない。その人たちを振り向かせることに必死になってたら、自分の歌をすごく好きで聴いてくれてる人たちを裏切るようなことをしてしまうって気付いて。「あ、この人たちを振り向かせることばかりを考えてちゃいけないんだな」って思って、アルバムを作る頃には「自分の歌はこれでいいんだ」って思うようになっていました。

――自信を取り戻した。

そうですね。まさか自分の歌を聴けなくなるくらい嫌いになるとは思ってなかったので、その時は本当にショックだったし。自分に自信はすごくあるんですけど、その反面めちゃくちゃに自信がないところもあるし、葛藤はすごく大きかったんです。でも、アルバムを作る頃には自分の中でも整理はついていて、アルバムはすごく楽しく作れたんですけど。



私の今の気持ちをそのままぶつけた

――今回のアルバムでは、曲も歌詞も自分で書かれています。そういう発想は、supercellのシングルとかアルバムを作ってる時にはもうあった?

supercellのシングルを歌ってた時には、ポエムみたいなものを書いて「歌詞」って言い張ってはいたんですけど、でもメロディがないから歌詞ではなくて。そこで止まってたんですよね。で、高校1年生の時にギターを触り始めて、曲が作れるくらいのコードは覚えて。「これで歌を作れるじゃん」って思って。初めて歌を作ったのが高校1年生の頃だったんですけど、最初に作った曲の次にできた曲が、ミニアルバムのリード曲になってる「DanSin'」なんですね。

――人生で2曲目に作った曲。

そうなんです(笑)。トイレでボーっとしてた時にメロディと歌詞が一気に思い浮かんで、その瞬間にできた曲だったんですけど。自分じゃ完成させられなかったんですけど、今回ミニアルバムを作るってなった時に、「これをぜひ完成させたい」って思って。

――先ほど「自分の行きたい道」という話をしていましたが、こゑだという名前でCDを出して活動していくことっていうのは、自分としても進みたい道だった?

それはありました。こゑだとして私をもっと見てもらいたいっていうのもありましたし、もっと違うことをやってみたいっていうのもありました。やっぱり自分の中では歌がメインなので。作曲や作詞はまだ学ぶべきところは沢山あると思うんですけれど、歌に関しては自信もすごくあります。

――では、こうしてデビューミニアルバムが完成して、どういう一枚ができあがった実感がありますか?

私の今の気持ちをそのままぶつけた曲ばっかりなので、等身大っていう感じですね。今の私の内側そのものみたいな感じです。

――『Nice to meet you.』っていうタイトルはどういうところから?

これはいろんな意味合いがあるんです。もともと、最初にそのタイトルをつけてくれたのが私ではなくて、イラストを描いてくれてるチャールズ皇子という方で。ジャケットを描いてもらおうと話している中で「このアルバムは『Nice to meet you.』っぽいね」って話になって。この言葉って、「初めまして」と「久しぶり」の二つの意味があると思うんです。supercellのアルバムを出してからもう1年ちょっと経つので「久しぶり」っていう思いもあるし、こゑだとしてのミニアルバムを出すのが初めてなので「初めまして」っていう気持ちもある。その両面を併せ持っている言葉なんです。

――アートワークにもこだわりがある?

そうなんです。イラストを描いてくれたチャールズ皇子とデザインをしてくれたアーサーと3人で話し合いながら作ったんですけど、すごく凝ってるんですよ。ジャケットに8人の女の子がいるんですけど、歌詞カードの中のページ1曲1曲にその1人1人がいるんですね。それで、この子たちって、みんな顔に何かをつけていて。というのも、私は今まで顔をあまり出してなかったので、そういうイメージもあって。あと、みんな制服なんですね。っていうのも、私がこのミニアルバムを作った時期が高校3年生だったっていうこともあって、そこも私の等身大なんです。ジャケットに関しては、帯まで色々考えてやってるので、ぜひ注目していただきたいところです。

――こうしてミニアルバムのリリースがソロの第一歩になるわけですが、こゑださんとしても、この先いろんな場所で歌っていきたいっていう思いはある?

あります。人前で歌ったりするのも好きですし、一番自信があるのは生歌なので。自分の生の歌声をみんなに聴いていただきたいって思っています。



インタビュー・文 / 柴那典